枝幸町の地名を巡る


□ 枝幸町歌登地区 地名の旅

 歌登地名の由来は元々幌別川河口近くに有ったオタヌプリから出た名前、現在の歌登山とは直接の関係は無いようだ。歌登は元枝幸町の一部だったが分村で海岸の地名が内陸に移ったもの、町名としては数少ない例だろう。歌登町にはアイヌ語地名が川名を中心に残っているが、意味不明のものもあって、枝幸もそうだがこの辺の地名は難解なものが多い歌登町地名の旅は幌別川流域と徳志別川流域に分けて進めていこう。最初は幌別川下流から上流に向かい国道12号線に沿って進めていこう。もう一つは歌登から志美宇丹にかけて、最後に徳志別川流域を旅してみよう。きっと新しい発見があるだろう。

□ 般毛内  ぱんけない  アイヌ語地名川名  パンケナイ

 北海道には多い地名の一つ、下にある川の意味で上にある川はペンケナイという。この辺では高いポロヌプリ山を水源とするパンケナイ川は資源保護のため山女釣りは禁止。

□ オムロシュベツ   アイヌ語地名川名

 現役の地名川名で幌別川の右支流。歌登市街を過ぎてすぐ近くの所。地名解では『川尻ふさがり、道の通っているところ』とあるが、この場合川尻は合流点を意味する。川尻の水深が浅いか若しくは水が無いのか渡渉には好都合だったのだろう。

□ 毛登別  アイヌ語地名川名  ケトペツ

浜の方に出す川の意味 何を出したのかは不明だが、たぶん水だろう。大水や融雪による増水が多い川につけられる名前で他にも同じような地名がある。

□ ポールンベツ  アイヌ語地名川名

 現役の地名川名で地名解では洞穴の有るものとしているが川に置き換えて見ると不自然で元々は洞穴を指していたもの。西蝦夷日誌では『ホール、大岩洞。南岸大洞にてこれより上には心霊あり』と記している。以前この辺で岩屋の沢という地名を地図で見た記憶があるが、今の地図には出ていない。以前の話になるが鍾乳洞が発見されたと聞いた事があるが・・・

□ タンネベツ アイヌ語川名

 普通タンネは長いことを意味するが、この川は屋根棟山に沿って西流し奥行きの長い川だ。ついでに屋根棟山はスキーでの登山に向いた山で春近く固雪になり始めたころが一番登りやすい。咲来峠から尾根続きになっているので峠から登ると距離的に近いし楽だ。

□ ペヤマン  アイヌ語地名

 意味のはっきりしない地名。この地名が記録されたころには既に意味不明だったようだ。意味のはっきりしない地名は概して相当に古い地名と思われるので意味の解釈は専門家に任せることにして、旅を続けよう。

□ 志美宇丹 しびうたん アイヌ語地名川名 シベイチャン

 歌登から乙忠部方面に進み志美宇丹峠を越えて最初の集落が志美宇丹。蝦夷地名解では『鮭、砂を掘りて卵を置きたるところ』道内には多い地名だが一般的にはイチャンだけを地名としていることが多くここは珍しい。

□ タツカラウシナイ  アイヌ語地名川名

 枝幸町志美宇丹から枝幸町乙忠部に向かって最初の地名及び徳志別川左支流名。化石発見の地層の名前はここからきている。『樺の木の皮いつもとっている沢』樺の皮はたき付けには最適で、多少濡れていようが寒かろうが、簡単に火をつけられるし、たいまつ代わりにも使えるという優れもの。インデアンは樺の皮をカヌーの材料にしたという。今は広大な牧場になっていて、そんな大きな樺の木は見ることも無いが。

□ オフンタルマナイ  アイヌ語川名

 函岳を水源とする流長40キロに及ぶ徳志別川最大の支流。両岸が断崖になっている川にこの名前が多いと聞くが、大きな断崖は両岸通して見られないが下流から中流域にかけて転々と5㍍前後の両岸がけになっている所は多い。オフン3段の滝も中流に位置する。志美宇丹川との合流点は特に両岸が狭まった函状になっていて川通しの遡上は減水期でも困難。

□ ツネオマナイ  アイヌ語川名

 オフンタルマナイ川支流で徳志別川の支流の中では2番目の長さを持つ川。波立つものいつもいる川? 急流の川という意味か、それにしても意味の分かりにくい川名だ。波立つということは急流の川を意味して忠類や忠別などで呼ばれる川がある。

□ ニタツナイ  アイヌ語川名

 普通は湿原に流れ込む川を言うが、この辺には大きな湿原は見あたらず。小さいものなら確かにあるがその辺から出た地名かも知れない。

□ 上徳志別

 徳志別川の河口を徳志別といい徳志別川の上流にあるから上徳志別なのだろう。普通浜や中徳志別というのがあっても良さそうだがここは上徳志別だけだ。昔はあったのかも・・・


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